訪問診療で、
ALSを診るという。取り組み

訪問診療で、ALSを診るという。取り組み

緩和医療を目指し、そして挫折

私が医師を目指したきっかけは、高校時代に出会った「病院で死ぬということ」(山崎章郎著)という1冊の本でした。
この本に描かれている終末期医療に感銘を受け、まだその当時充実していなかった緩和医療にも興味を持って私は医学部へ進学しました。

卒業後、私は内科医として病院に勤務し、心臓の病気やがんの患者さんを担当しました。
心筋梗塞などの心臓の病気では危ない状態から救命することで患者さんご本人やご家族から感謝されることが多くありました。

一方、がん患者さんには「よくなりますよ」と簡単には言えません。治らない病気の患者さんにどう接していいか分からず、やがて回診が重荷に感じる日が多くなりました。私は緩和医療ではなく循環器内科の道に進みました。根治しないがんに私は正面から向き合いきることができませんでした。

緩和医療には患者さんとご家族があった

数年後、訪問診療が有名なクリニックで研修させていただく機会がありました。
そのクリニックの医師は、「病気には意味がある」と私に仰いました。がんの患者さんは、がんになったことで自身のそれまでの生き方を顧みて、優しくなったり家族に「ありがとう」と言えるようになる、というのです。

実際に、そのクリニックの患者さんには、病気をきっかけに人生を振り返り周囲を気遣うことができるようになったり、人によっては病態まで良くなってしまう方がいました。
訪問診療の現場では、患者さんの多くが自宅で家族と笑顔で過ごしているのが印象的でした。
病院で私がそれまで病院では見ることがなかった笑顔がそこにはありました。

緩和医療の再開を決意して開業

がんを治したいというより、痛みや苦しさだけ無くしたいという方もそのクリニックには多くいました。最期まで自宅で家族を過ごしたいという患者さんの思いを強く感じました。
最期まで普通に好きなように過ごすという思いを遂げる、自宅で家族に囲まれて笑顔で最期を迎える、家族やお世話になった人に最期に「ありがとう」と伝える。
そんな患者さんの希望を助けることができる存在になりたかったと気づき、私の原点である緩和医療を再び目指すことにしました。

緩和医療では、身体だけでなく精神的ケアや社会的なケアも重要です。
緩和医療として患者さんを総合的にサポートするために、内科、心療内科、精神科、婦人科で連携するココカラハートクリニックを開業しました。

ALSとの出会い

開業した2014年に、難病の「筋委縮性側索硬化症(ALS)」の患者さんを診てくれないかと知人の看護師に相談されました。

ALSは、体中がだんだん動かなくなってしまう進行性の病気で、根治できる治療法が今のところ見つかっていません。
緩和医療を目指す医療者としてチャレンジしてみたいという思いから、私はALSの診療を開始しました。
専門ではない領域を診療するということでこれまでのキャリアとのギャップもありましたが、その患者さんのケアに全力で向き合いました。

この患者さんをきっかけに、私はALSを本格的に診療することになりました。

ココカラハートクリニックのALS訪問診療

ALSは根本的に治す方法はまだありませんが、訪問診療の現場では様々な医療行為を実施します。まず、重要なのは、人工呼吸器をされている場合の呼吸器の管理です。
気管切開の管(カニューレ)は定期的に交換する必要があります。

また、ALSは進行すると口から食事をとることができなくなります。そのため「胃ろう」を装着することとなりますが、胃ろうの交換は私自身で実施しています。

ALS診療では栄養状態の管理も重要です。定期的に血液検査を実施し、腎機能や肝機能を確認します。何かの感染症に感染した場合は適切な抗菌薬を投与するなど、内科的な処置も実施します。

また、ALSでは、筋力が低下して呼吸がとても苦しくなることがあります。
動けないために圧迫され、耐え難い痛みを感じることも多くあります。
こうした辛い状態に対して、医療用の麻薬を適切に使用しています。

専門家として心のケアや不定愁訴にも対応

ALS患者さんやご家族がうつ状態になるというのは、ごく普通に起こります。
それだけALSは患者さんに重くのしかかります。

私は心療内科が専門ですので、専門医としてALS患者さんやご家族の心理的なケアを大切にし、寄り添って支えたいと考えています。訪問した時には、身体的な体調管理だけでなく、精神面の健康状態を確認し、状況に応じてカウンセリングも実施しています。

ALSの患者さんは、体が徐々に動かなくなるのに頭はそのまま、という状態に進行していきます。医療行為やケアの実施においては、患者さんやご家族としっかりコミュニケーションをとる必要があります。
人工呼吸器をつけた患者さんの強い要望で、一緒に居酒屋に飲みに行ったりするなど、通常の医師と患者との関係を超えたコミュニケーションも経験しました。

ALSでは原因がわからず不調が続く時があります。これは医療用語で「不定愁訴(ふていしゅうそ)」と呼ばれていますが、不定愁訴は西洋医学では説明できないような不調で、普通の薬が効かないことも多々あります。

私は、ALSの患者さんの不定愁訴には漢方をよく提案しています。
漢方薬は副作用も少ないので、多くの薬剤を服用することによって飲み合わせや副作用などの問題が生じること(ポリファーマシー)を防げる、というメリットもあります。

ALS患者さんのご紹介

私がかつて診ていた患者さんである飯島伸博さんをご紹介します。
飯島さんは、2013年に右手が動かしにくくなったことをきっかけに名古屋市立大学病院を受診し、約1年後にALSと診断されました。徐々に呼吸筋が弱まり、人工呼吸器を付けるかどうかの決断を迫られていました。
その時は「そこまでして生きる意味があるのか」と感じていました。

半年後にたんがからんで呼吸困難で救急搬送されました。生死の瀬戸際で思ったのは「二人の子どもの成長が見たい。病気が治る未来があるなら見てみたい」ということだったそうです。
飯島さんは人工呼吸器を付けて生きる道を選びました。

その後、飯島さんは8人のALS患者さんと一緒に「ななみの家」という施設で共同生活を送るようになりました。
この施設には、患者さんと接する技術の高いスタッフや、同じ病を患い人工呼吸器を付けても意欲的に生きている患者仲間がいて「こんな生き方があるんだ」と気持ちがポジティブになるのだそうです。

ななみの家に入所してから、飯島さんはヘルパーさんと一緒に大好きなユーミンのライブに一緒に行ったり、自らの経験を講演会で発表するなど積極的に活動してきました。

飯島さんは現在、気管切開し人工呼吸器を装着し、目以外はほとんど動かない状態です。それでも、当クリニックのホームページでご紹介することを快く引き受けていただきました。「一人の人間として扱い寄り添ってくれることが嬉しい」と飯島さんは私に伝えてくれました。

飯島さんは私と同じ年齢で飯島さんのお子さんも私の子どもと同じ年齢と、シンパシーを感じる部分があります。同世代の方がALSに罹患され、希望と絶望の間を揺れながらも「生きよう」「何かの役に立とう」とされています。私はこれからも飯島さんの人生をサポートしていきます。

飯島伸博さんのALSのあゆみ

2013年10月頃
右手が動かしにくくなり、名古屋市立大学病院受診。
2014年9月
ALSと診断される。
2015年3月
ココカラハートクリニックでの訪問診療を開始。
エダラボン療法を開始。
2015年9月
救急搬送され、人工呼吸器を付けて生きる道を選ぶ。
2015年9月
名古屋市立大学病院でNPPV療法(非侵襲的陽圧換気療法)導入。
2015年11月
ななみの家に入所。
2016年4月
気管切開を実施し、人工呼吸器導入。
エダラボン療法を終了。

患者さんが悔いのない人生を送るためにALSに全力で向き合う
ココカラハートクリニック 院長 伊藤 義浩

ALSでは、気管を切開して人工呼吸器を取り付けた後には、基本的に自分の意思でそれを外すことができなくなります。そして体は徐々に動かなくなるのに意識や感覚は残り続けます。
ALSの患者さんにとって「生き続けるかどうか」というのは非常に難しい選択です。

私が一番重要と考えているのは、患者さんの意思が尊重され、患者さんが悔いのない人生を送ることです。そのため、気管切開をする選択もしない選択も、私はそれぞれ評価して全力でサポートします。患者さんやそのご家族が納得できるような医療と介護を提供していきたいと考えています。
患者さんに寄り添い、これからもALS患者さんをサポートしていきます。私の緩和医療の道はまだこれからも続きます。



伊藤先生と出会えたからこそ今がある
株式会社ななみ 代表 冨士 惠美子 氏


ココカラハートクリニックの伊藤先生との出会いは、 血友病の子供を見てくれる先生(小児在宅)がいないということで医師を探していたことがきっかけでした。
その後、ALSの患者のケアをしたいと考えシェアハウスを設立、そのときから伊藤先生に携わっていただきました。
もし伊藤先生と出会えないでいたら、今も巡り巡ってドクターを渡り歩いていたと思います。
伊藤先生は患者さんやこちらの話をちゃんと聞いてくださいますし、今後どうすべきかなどの重要な意思決定をする際のサポートもしていただけています。
こちらがお願いするより先に動いていただけ、ALS患者さんをしっかり診てくださる先生はほとんどいらっしゃいません。
医師の中には失礼ながら、顔だけを見て終わりという方もいるのですが、伊藤先生は患者さん本人のことをしっかり考え行動してくださいます。
また診療において直接話せる先生が少ない中、本当に深く関わっていただけて感謝います。
私の近隣ではALSを診ている医師の中で、伊藤先生はトップと考えています。

医療法人アライフサポート
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【参考】精神科と心療内科の違いについて

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